まだ戦いは続きます

時々、どうにもコントロールが出来なくなって、自分で自分を抑えられなくなることがあります。実はこれ、思い出し笑いのことなんです。私、けっこうな頻度で思い出し笑いをしているかもしれません。職場でのちょっとした出来事やテレビや本やラジオなんかが原因です。それにしても本当に困りますよね。家にいる時ならまだしも、一人で電車に乗ってる時や買い物をしている時などは、もうニヤニヤが止まらなくなってどうしようかと思ってしまいます。たまにはフフッと声まで出てしまったり。抑えようと思えば思うほど込み上げて来るんですから。思わず頭を左右に振って、どこかに追いやろうとしてしまいます。でも、すぐにまた舞い戻って来るんです。
この前なんか、家で読んだ本の一節を思い出してしまって、仕事中にどうにもならなくなったんです。周りに気づかれないようにって思うから、ちょっとトイレに立って気分を切り替えようとしたり、コーヒーを飲んで忘れようと努力してみたり。でも、コーヒーを飲んだのは大失敗でした。だって、吹き出しそうになったんですから。誰かいい方法、知らないかな。でも、今、家で読んでるその本に完全にハマってて、つい繰り返し読んじゃうから、私の思い出し笑いとの戦いはまだ当分続きそうです。

日常が一番のドラマ

演劇をしている友人が言うには、日常生活の中にこそドラマがあるんだ、ということです。私には何のことかわからずに、ドラマって劇作家とか小説家とかシナリオライターが作りだしている世界のことなんじゃないの、と言ってしまいました。
考え抜かれた話には確かにドラマはあるけれども、日常にはかなわないというのが友人の劇団の座付き作家の言葉でした。登場人物を考えても、そこに合うストーリーを考えても、劇団の中でうまい役者を使っても、どうにもしっくりこないところがあると言いました。稽古の時はそんな風にいろいろ考えすぎてしまって、どうにもならなくなるのだけれども、公演の当日、観客の前で演じることによって、嘘のはずがなんだか本当になる気がしたそうです。
昔、役者が一般の人のアパートを訪ねて会話するというところを数人の人が見るという芝居があったそうです。今では考えられないことです。これを、小説を書いている友人に話してみたら、そこから文字の物語が生まれるかもしれないなあと思っています。やりとり全体を叙情的に表現できたら、小説にできるんじゃないかと思ったのです。フィクションとノンフィクションの境目は、誰にも見えないところにあるのかもしれません。私は、不思議な小説も読んでみたいです。

別世界に行けるから

どうして小説が好きなのか、と聞かれました。どうしてだろうと自分でも不思議に思って、どこがいいのか考えました。そして理由の一つに、世界観が好きだからと答えました。
私たちは現代に生きています。昔の時代、江戸や明治よりももっと前の時代があります。日本史の授業で習った平安時代や卑弥呼がいたとされる時代もあります。世界にも歴史はあります。レオナルド・ダ・ヴィンチが生きていた時代やクレオパトラの時代もあります。ただ、今を生きる私には、実際に織田信長に会うとか紫式部と文学雑談をすることはできません。
それが可能になるのか小説の世界です。自分が直接話をしたりするわけではありませんが、読むことで頭の中でイメージが広がります。表現されている言葉の中で、世界が広がるのです。歴史の本に載っている出来事から、空想の出来事やまだ誰も見たいことがない宇宙の物語も疑似体験できるのです。
小説を読み進めていくときに、だんだんひきこまれていくその感じが、とても好きです。たまに感情移入しすぎて物語が終わった時に主人公以上に疲れています。一緒に戦って、一緒に泣いて、自分を含めて周り全部を救うことを考えると、なかなか大変です。でも、だから、読書は大好きです。

開店直後の書店

すごく気持ちのいい場所があります。それは、開店直後の本屋さんです。特に、ファッションビルのワンフロアに入っているところが好きです。どういうところなのかというと、開店直後は店員さんが本屋さんの入り口やエスカレーターの前に立って挨拶してくれるのです。特に、エスカレーター前は他のフロアを通るたびにいちいち店員さんが挨拶してくれるので、セレブになったような気分です。
本屋さんの雰囲気はというと、私の勝手な想像ですが、なんか本とかお店の人とか「これからやるぞ」って雰囲気が出ているような気がするんです。本は、きっといい人のところにいってみたいって思っているんじゃないかなあと。擬人化すると、ちょっとだけ親近感がわきますね。
すごいのは、本を棚に並べている人がいないことです。そういうことは開店前に済ませておくのですね。掃除をしている人を見かけたこともありません。開店前はめいっぱいバタバタして、お店がオープンしてしまったら、お客さまをお迎えすることに徹しています。たいへんなお仕事だろうなあと思います。友人の一人は、本が好きすぎて書店でバイトして数年後には社員になったという人がいます。時々、友人が働いている書店にも行くことがあります。とても活き活きしています。

たまにはメタフィクションの世界

メタフクションをうまく扱えるようになったら小説も面白くなるのかなあ、と、作家志望の友人がふと言いました。ランチをするために向かい合ったカフェの中で、です。私には、そのメタフィクションという言葉はよく聞くけれど意味って結局知らないという言葉でした。友人は丁寧に教えてくれました。
テレビアニメなら、主人公やキーマンのキャラクターが見ているこちらに向かって話かけることなのだそうです。「来週もみてね」くらいではなくて「テレビの前のみんな、力を貸して」くらいのことを言われることを指すそうです。メタフィクションの「メタ」は、「超」とか「高次」といった意味があります。そのメタフィクションを小説にするということは、ストーリーの中でフィクションであることを意図的に書いていくわけです。メタフィクションとは、フィクションのフィクション、というものです。小説を扱った小説、というふうに定義されています。
一歩間違えると楽屋落ちの内輪ネタに陥りやすいので、友人は上手く扱わなければと自覚しているようです。次の作品は、今までとは一風変わった小説を書くことでしょう。何か賞に応募するなら、その前に読ませてね、とこっそりお願いしておきましょう。とても楽しみです。

漢字も勉強して覚える

夏目漱石の小説を初めて読んだときに、ウサギにツノがなんだかわからなかった。あとから辞書で引いたら「兎に角」と書いて「とにかく」と読むのだと知りました。副詞を漢字で表記する習慣は、現代ではあまりありません。そこを、難しい漢字を書いたり読めたりできたらカッコイイよね、という理由だけで友人の一人がいきなり漢字検定の勉強を始めました。何級から受け始めたのかわかりませんが、しばらく会わないうちに履歴書に書けるくらいのレベルまでいったと聞きました。
漢字もだんだん難しくなります。画数が多くなったり文字が複雑になってます。また、読み方では固有名詞が登場します。これはもう、読み方も感じも丸暗記するしか方法がありません。友人は、ひたすら書いて覚えたそうです。学生時代はそんなに熱心に勉強しているタイプではなかったので、話を聞いてとっても驚きました。その後、友人はクイズのような問題が出る漢字検定をクリアしたようです。
小説を読んでいて、読めない漢字や意味が分からない漢字や言葉がたまにでてきます。物語の流れを断ち切ってしまうのが嫌で、途中で調べることはしていません。読み終わった時に覚えていれば調べます。漢字を知っていれば、もっとお話や人物を理解できるのかもしれません。

黄昏時のラブレター

日が暮れていく夕方の時間帯のことを「たそがれ」といいます。誰の顔だかよくわからないというところからきている言葉だそうです。「逢魔が時」という言い方もあります。昼間から夜になっていく段階です。
昼のものは家に帰り休みます。それに代わって、なりを潜めていた夜のものが現れてくるのです。赤ちゃんでも何か理由はわからないけれども泣いている「たそがれ泣き」という時間帯があります。大人でも何かが物悲しくなってしまう時間帯でもあります。
作家の友人によると、夕方から夜中に書いた小説の方が、叙情的な恋愛小説が書けるのだと言うことです。特に、恋愛が成就する場面をロマンチックに書き上げるなら、日が暮れそうで暮れ切らない辺りから始めるのがベストだそうです。気持ちが盛り上がってくるので、登場人物の心持も盛り上げやすいのでしょう。
それから、友人はラブレターを書くなら時間には気をつけた方がいいとも言いました。たそがれ過ぎたあたりから夜に書いたものは、自分の気持ちが一人で高揚してしまってます。相手に出す前に、翌朝もう一度読み換えた方がいいそうです。朝の光の中で見ると、よくこんなに気障で気取った言葉が次々綴られているなと恥ずかしくなるくらいです。
思いっきり熱い物語を書くなら、黄昏がいいようです。

スペースオペラという言葉

友人に「好きな小説のジャンルはSF」と言い切る人がいます。名作と言われている作品はもちろん読んでいます。私が、タイトルは知ってるけどまだ読んでいないというと、あの楽しみをこれからまだ味わうことができるなんて幸せな人だとうらやましがられました。一番最初に読んだ衝撃と感動がとにかく大きいものだったと言うのです。
そんな友人に、ふと疑問をぶつけてみました。スペースオペラって、どんなSFのことを言うのか、ということです。宇宙の星間戦争という理解でいいのか、ということです。友人は考え込むこともなく、SFの一種であることに変わりはないよと答えました。宇宙ものという理解で間違っていないようです。
それにしても「スペース」の「オペラ」なんて、とてもドラマチックな言葉を作りだした人がいるものだと思います。オペラというと、ビゼーのカルメンのように恋に我がままに生きて、最後には没落した元恋人に刺されてしまう劇的な女性の話を連想してしまいます。壮大な時間と人間の恋愛模様が描かれるものと思っているので、設定にも展開にも広さを感じています。
私は、友人のおすすめするスペースオペラの小説をいくつかメモしました。順番に読んでいこうと思っています。

確かめてひとまわりふたまわり

今まで行ったことがなかった本屋さんに初めて行く時は、ドキドキです。自分の好みの本がたくさん置いてるかどうか、ディスプレイの方法は可愛いかどうか、また来たいと思うかどうか、考えます。無意識のうちに自分で本屋の選考基準ができているようなのです。そのラインにパスすればうれしい本屋さんの仲間入りです。
先日、都心の地下街の本屋さんがリニューアルオープンしていました。しばらくの間閉店していたのでつまんないなあと思っていたところだったので、うれしいです。
さて、新しいお店に一歩踏み込んで、私はきゃあと声を上げてしまいました。心の中で、です。可愛いもの好きの女子なら声を出さずにはいられないほどです。本の品ぞろえは、いろいろです。雑誌も文庫も手芸本も揃っています。それから、本の隙間を縫って雑貨が並んでいるのです。アンティーク柄のマスキングテープやミニノート、シールなどです。ダブルリングのメモ帳もあります。買ってすぐ使えるものばかりです。小さな花柄やストライプ柄、スイーツ柄もあります。これを嫌いな女子はいるんだろうかとふと思ってしまうくらい、セレクトが私のど真ん中でした。素敵と思いすぎて買えなかったので、来週また見に行きます。

季節の言葉を感じて

ここ数ヶ月で俳句を作って添削する番組を何となく見るようになりました。なんで続けてみるのが面白いんだろうと考えて、季語に秘密があるのかな、と思います。
季語とは、特定の季節を表す言葉です。春なら新芽、桜、夏なら蝉、太陽、夏休みなどです。秋は紅葉、冬は雪、新年、とあります。これだけではなく、季語ってたくさんあるのですね。その5つの音の言葉だけでもなんだかドラマチックと思えるものもあります。「あいの風」「水羊羹」という季語もあるのですね。季語の一覧を調べるインターネットのサイトも見つけました。
きれいな言葉の川柳を作るためには、きれいな言葉の季語をたくさん知っていなければならないのですね。
思いついたその一場面を表現するのに、どんな季語を一つ持ってくるのか工夫のしどころです。
テレビを参考にするのもいいのですが、私としてはやはり本を読みたいと思いました。テレビ番組の添削をまとめた本もでていました。俳句入門という本もあったので、2冊を買ってきて読んでいるところです。季語の使い方と選び方もポイントですが、それ以上にどれほどの想いを言葉に込めて作っていくか、ということも大切だなあと思います。
またひとつ言葉としての武器を手に入れた感じがします。

お気に入り小説探し

読みたい本を探すとき、今までは本屋で直接見て探すのが基本でした。
しかし最近ではインターネットで「おすすめ小説」などで検索して評判の良いものをや、面白そうなものを探すということをするようになりました。
そのままネットで本を注文もできるし本当に便利な世の中になりましたね!